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東京地方裁判所 昭和37年(タ)226号 判決 1963年1月28日

原告 荻原泰已

被告 広瀬正義

主文

原告は被告の子であることを認知する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告法定代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、

一、原告の母荻原清子は昭和三〇年六月二〇日、被告と事実上の夫婦関係に入り、東京都荒川区三河島二丁目五三八番地に同棲しその間の子として原告を懐胎し、昭和三一年八月一九日分娩した。

二、荻原清子は、これより先、昭和一八年一〇月二八日荻原利一と適法な婚姻をなしていたのであるが、荻原利一は昭和二三年中に家を出て、爾来なんの音信もなく生死不明であつた。そこで荻原清子は前述のとおり、被告と事実上の結婚をしたのであるが、戸籍上は依然荻原利一との婚姻が継続しているので、原告は荻原利一の嫡出子として戸籍に登載されざるを得なかつた。

三、しかし原告と荻原利一との間には父子関係がないことは明らかであるから、被告に認知を求めるため、本訴請求に及ぶものである。

と述べた。

被告は、原告請求どおりの判求を求め、その請求原因事実はすべてこれを認めると答えた。<証拠省略>

理由

各その方式、趣旨から真正に成立した公文書と認め得る甲第一ないし第三号証、証人荻原鑒一の証言、原告法定代理人尋問の結果、並びに被告本人尋問の結果を綜合すると、次の諸事実を認めることができる。

原告の母荻原清子は、昭和一八年一〇月二八日荻原利一と適法に婚姻したが、利一は間もなく胸を患い、働くことができなくなつた。利一、清子は、昭和一九年頃東京都荒川区三河島町二丁目五三八番地に移り、利一は病気の静養に努め、清子は理髪店に勤めて働いていたが、利一は次第に神経衰弱気味となり、昭和二三年三月頃から被害妄想が強まり、部屋の隅に身を隠したり、自殺を図つたりしていた。同年四月一九日利一は突然家出し、埼玉県川口市に居住する実姉の許に赴いたが、同日再び同家を飛び出し爾来生死の消息もなかつた。その後間もなく利一らしい者の轢死体が発見されたが、それが利一であるか否か確認できなかつた。利一の消息は爾後なんらなかつたので、利一の親族も清子も、利一は既に死亡したものと考えていたし、清子はその後利一との関係は、利一の実兄が手続をとり、戸籍上離婚手続は完了しているものと思い込んでいた。昭和三〇年六月、清子は雇主の仲介で被告と結婚式を挙げ、前示三河島二丁目五三八番地において夫婦としての生活にはいり、間もなく原告を懐胎し、昭和三一年八月分娩した。原告出生の頃、清子及び被告は、清子利一の婚姻が適法に解消されていないことを発見し、その対策を苦慮していたが清子と被告の結婚も、昭和三二年秋頃、被告の問題から解消されてしまつたので、清子は同年一一月二〇日戸籍面をそのまゝにして、原告の出生届をなした。そのため原告は利一と清子の嫡出子として利一の戸籍に登載されるに至つた。

以上の認定を覆すに足る他に反証はない。そして右認定諸事実からすると、原告は清子が利一との婚姻継続中に懐胎した子ではあるけれども、利一は既に昭和二三年当時から生死不明であり、清子が原告を懐胎した当時、利一、清子間に夫婦関係の存在しなかつたことは外観上からも明瞭であるから、原告については民法第七七二条の推定はなく、利一、原告間に血統上の父子関係も認め難く寧ろ被告が原告の血統上の父であることを認めることができる。

ところで民法第七七二条の嫡出子の推定を受ける父子の関係は嫡出子否認の訴によつて、その父子関係が否認される場合の外は、何人もその父子関係の不存在を主張することは許されず従つてその関係を放置したまゝ第三者に対して認知を求めることは許されないものといわなければならない。しかし、本件においては原告は利一の嫡出子として戸籍上に登載されてはいるが、前判示のとおり、原告と利一間には民法第七七二条の推定はなく、且つ利一が原告を認知したものと認め得る場合でもないから、利一、原告間の父子関係は、形式判決を俟たずに、その不存在を確認し得る場合であり、したがつて、被告に対する認知の訴の前提問題として判断し得る場合である。そして原告と利一間に血統上の父子関係のないことは前判示のとおりであるから、原告利一間に法律上の父子関係の存する余地はなく被告に対し、直ちに認知を求める原告の本訴は許されるべきであり、且つ、被告が原告の血統上の父であることは前記認定のとおりであるから、結局被告に対し、認知を求める原告の本訴請求は理由があるものといわなければならない。

よつて原告の請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小河八十次)

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